はじめに

●独自色がかなり強く、独自の設定&「もし…」&本編&コミカライズ&小説等のネタがごちゃまぜです。
●小説を書くのは初めてなので、文章や言い回し、展開や辻褄がおかしな所ばかりだと思います。
●クラサメ×サイス前提の話で、基本的にサイス視点です。
●オリキャラも出てきます。
●若干ですがクラサメ×ミワ要素あります(あくまでクラサメの過去の事として、ですが)。

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長きに渡り続いた白虎との戦争も、ついに終わりを迎えた。朱雀と白虎はカリヤ院長とシドが代表となり和平条約を結び、朱雀は飢饉の続く白虎へ食料支援を、また白虎は朱雀に様々な技術を提供する事で合意された。

これまでの戦争で多くの犠牲者を出したものの、魔導院には平和な日々が訪れ、候補生達も戦争に駆り出される事もなく、魔導院での生活を満喫し始めた。自衛の目的も兼ねた候補生としての基本的な戦闘訓練などは引き続き行われたものの、軍事に関する事以外の授業も積極的に取り入れられ、候補生の間では戦争中には考えられなかった部活動も盛んになった。

ある日の休日。サイスは遅い昼食を取ろうとリフレッシュルームに向かっていた。その途中、一匹で歩いているトンベリを見かけたのだ。よく見ると、手には紙切れと巾着袋が握られている。
「お使いかい?」
そうサイスが話かけると、トンベリは手にしていた紙切れを差し出した。そこには、授業中に見慣れたクラサメの几帳面な字で、「サンドイッチ二つ」と書かれている。
「ふ〜ん。あんた、こんな事出来るんだ」
感心しながらトンベリに紙切れを返してやると、またトコトコと可愛らしい足取りで歩き出す。何だか面白くて、サイスはその後を付いて行く事にした。
 

リフレッシュルームに着くと、マスターの元へ歩み寄ったトンベリは、紙切れと巾着袋を差し出した。巾着袋には代金が入れられている様だ。
「あいよ、サンドイッチ二つね。ちょっとそこで待ってな」
マスターも心得ているらしく、驚く事もない。差し出された紙袋を器用に受け取ったトンベリは踵を返した。
「なあ、クラサメの部屋まで連れてってやろうか」
そう言ってそっとトンベリを抱き上げてみる。抵抗されると思いきや、意外にも大人しくしている上に、サイスの頬に顔を擦りつけ甘えてきた。
(へへっ、意外と可愛いじゃん)
普段はクラサメの足元で凛々しくしているが、本当は甘えん坊なのかもしれない。

トンベリを抱き抱えたまま、クラサメの部屋だと教えられた部屋の前まで来ると、ノックしてみる。しばし間があって、内側からガシャリと扉が開き、クラサメが顔を覗かせた。サイスがトンベリを抱いているのを見て一瞬目を見開くが、すぐにいつもの無表情に戻る。
「…まあ、入れ」
てっきり部屋の前で追い払われるかと思っていた為、あっさりと通された事に驚きつつも、サイスは室内に足を踏み入れた。本人の性格を表すかのごとくきちんと整えられ、必要最低限の物しか置かれていない様だ。
そこに座れ、と言われて二人がけのソファに座る。するとトンベリがトレイに乗せたコーヒーを持って来てくれた。クラサメは執務机に座って書き物をしている様だ。
(部屋でもマスクは取らないのかよ…。それとも他人が来たからつけたのか…?)
サイスは、無意識のうちに自分がクラサメの素顔を見られるのではないかと期待していた事に気付いた。
「…よく抱かせたな」
ふいにクラサメが口を開いた。
「へっ!?」
「トンベリが他人に無防備に抱かれるのを見た事がなかったんだが…お前は好かれているのかもな」
「そ、そうなのかな…」
ふと下を見ると、トンベリが自分を見上げて尾尻を揺らしている。サイスは両手を差し出し、先程の様に抱き上げてやる。するとバタバタと尾尻を振って、いかにも嬉しそうだ。
「すまないが、少しの間だけトンベリの相手をしてやってくれないか。私はこれから少し用がある」
「べ、別に構わないけど…」
「では頼む。何かあったらCOMMに連絡してくれ」
そう言い残すと、クラサメは部屋を出て行った。
結局クラサメが戻って来たのは三時間後で、サイスはトンベリの相手をするというよりはトンベリで遊んでいたのだが、すまなかったと礼を言われ、クラサメの部屋を後にした。

それ以来、サイスは時々ではあるが、クラサメからトンベリの世話を頼まれる様になった。大抵はクラサメが会議でトンベリを連れて行けない場合に、数時間ほど相手をして欲しいというものであった。いつもすまないな、と言ってクラサメがサイスの頭をなでてくれる事もあり、それが思いの他嬉しくて、気付けばサイスは自分からトンベリの相手をしたいとクラサメの元を訪れるようになっていた。しかし、その本当の目的はトンベリの世話よりも、クラサメに会う事であった。
 サイスがクラサメに想いを寄せ始めた理由は、実はもう一つある。サイスは元々闘争心が強い方だ。自分の能力に絶対の自信を持っている。戦争が終わってもそれは変わらない。しかし、サイスが唯一、自分より強い人間だと心から認めた相手、それがクラサメだった。「氷剣の死神」の異名をとり、現役を引退しているにも関わらず、戦争中には戦地まで0組のサポートに来てくれた事も何度もあった。個別に戦闘訓練もしてくれた。その戦い方は、とても体に故障を抱えているらしいとは思えない程優雅で、洗練されていた。「死神」の名に憧れていたサイスは、クラサメに対して憧れの様な感情を持ち始め、いつしかそれは恋愛感情に発展していった。

「これ、読んでください。これ…」
サイスは、エントランスの壁に隠れて必死に手紙を渡す練習をしていた。クラサメに何とか想いを伝えたいが、直接はどうも言いづらい為、手紙を渡してみる事にしたのだ。
「先生に挨拶しちゃったー!」
「ちゃんと返事してくれたねえ〜」
すると、女子候補生達が何やらキャーキャー騒いでいるのが聞こえた。そっと壁から覗いてみると、ついにクラサメがこちらへやって来るのが見えた。
「ひっ!!!」
思わず壁に隠れる。心臓がもの凄い勢いでドキドキしているが、深呼吸をして何とか落ち着かせると、足音が近づいて来るタイミングで飛び出して手紙を差し出した。
「こ、これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜!!!」
練習では少しでも可愛く渡そうと頑張っていたのに、いざとなるとドスの効いた様な声になってしまったが、もう後には引けない。下を向いたまま手紙を差し出す格好で、どうか受け取ってくれます様に、と願うしかなかった。足音が自分の前で止まり、クラサメが立ち止まったのが分かる。
 しばし間があったが、手紙がサイスの手から引き抜かれた。思い切って顔を上げると、手紙を手に取り怪訝そうに見つめていたクラサメと目があった。
「ち、ちゃんと読めよ!!!」
そう叫ぶと、たまらずサイスは全速力でエントランス中央の魔法陣に飛び乗った。

とにかくクラサメの前から姿を消そうとデタラメに魔法陣の行き先を設定したが、行き着いた先はテラスだった。ここは「恋人達の場所」とも呼ばれ、今日も数組のカップル達がそれぞれの時間を楽しんでいる。しかし今日はそこにある人物もいた。クラサメの同期で魔導院一の美女と言われているエミナだ。
(エミナ先生くらい美人だったらクラサメ先生とも釣り合うんだろうな・・・)
先程の一件もあり、柄にもなくそう思ってしまう。ふと、エミナがサイスの方を振り返った。
「あらあなた・・・0組のサイスちゃんよね?」
無言で頷くと、エミナはその豊満な胸元で腕を組んだ。
「あなたをここで見かけるなんて珍しいわね。どうかしたの?」
「べ、別に・・・」
「なんか、悩んでるって顔してるけど」
「あ、あの・・・クラサメ先生って・・・付き合ってる人とかいるのかな・・・って思って・・・」
こんな事をエミナに尋ねても大丈夫なのかと迷ったが、思い切って聞いてみた。
「クラサメ君に?それならいないと思うわよ。あ、もしかしてクラサメ君の事、好きなの?」
「そ、そんな訳じゃ・・・!!!」
「クラサメ君も相変わらずモテモテねえ〜。好きなら好きだって言ってみればいいじゃない」
「・・・さっき、手紙渡して来たから・・・」
「受け取ったの?彼」
「まあ・・・」
「ふ〜ん。珍しい事もあるものね」
「へ???」
エミナの言葉に、サイスは思わず顔を上げた。
「クラサメ君ね、昔からモテモテではあるんだけど、そっちの方にはてんで興味ないみたいでね。手紙も今まで何度も渡されてたのを見てるけど、悪いけど興味ないからって、受け取る前に断ちゃうみたいだから・・・。せめて受け取ってあげないと可哀想でしょ、っていつも言ってるんだけどね。変に勘違いされたくない、の一点張りよ」
「・・・じゃあなんであたしの受け取ってくれたんだろ・・・」
「もしかしたら脈があるかもよ〜?ふふ、頑張ってね!」
微笑んでそう言うと、エミナはテラスを去って行った。

結局サイスが自室に戻ったのは寮の門限ギリギリの時間だった。どうにも落ち着かず、適当に捕まえた教官に外出許可を貰い、朱雀の街に出てぶらぶらしていたのだ。部屋の戸に備え付けてあるメールボックスを確認すると、折り畳まれた一枚の紙が入っていた。
(も、もしかして・・・!!!)
エミナとの会話を思い出し、期待半分不安半分に紙を開いてみる。しかしそこにはサイスの期待に反して、数行の文章で、気持ちはありがたいが今は仕事で忙しくその様な感情にうつつを抜かしている暇はない、と言う事が淡々と書かれているだけだった。
(やっぱりあたしなんかじゃダメなのかな・・・)
予想はしていた事であるがやはりショックであり、サイスはベッドに潜り込むと布団をかぶった。

それから、何事もなく毎日は過ぎて行った。サイスは何となく気まずくなって自分からクラサメの元に行く事はなくなったし、クラサメから何かしらのアプローチをかけて来る事も当然なかった。しかし、クラサメへの想いはサイスの中で燻り続けていた。むしろ、ますます大きくなっていったと言ってもいいかもしれない。
 そんな中、0組の卒業が近づきつつあった。エースは魔導院に残ってチョコボの飼育員になりたいと言うし、デュースは音楽の教師に、トレイはさらに勉強を続け学者になるという。ナインはマキナに農業を勧められ意外とやる気になっているし、クイーンは教師、セブンは孤児院の開設、キングは警察官など、皆それぞれの道を目指していた。サイスは内心迷っていた。育ての親のマザーに昔作ってもらったスープの味が忘れられないサイスは当初、料理人になりたいと思っていた。しかしその頃、0組の耳に、9組のナギからもたらされたある情報が入っていたのだ。それは、「白虎に新設される朱雀領事館にクラサメが派遣されるらしい」という衝撃的なものだった。

終戦後、朱雀と白虎は和平条約を締結したが、それから二年が経ち、今後の両国の交友や技術交換の為にと、両国にそれぞれ領事館が設立される事になったのだ。両国の人物をそれぞれ相手国に派遣し、橋渡し役とする。その派遣要員に、0組の担当を終えた後のクラサメが任命された、というのだ。クラサメが派遣されれば、任期が終わるまでは魔導院からいなくなってしまう。サイスにとっては大問題であった。勿論、任期中でも時には魔導院に戻って来る事もあるであろうが、今やサイスにとって、クラサメの顔を見ない生活など想像も出来なくなっていた。

「あたしも連れてってよ!!!」
サイスはクラサメの部屋に押しかけると、彼に力の限り抱きついたまま、そう叫んだ。ここで離れてしまえば、当分彼に会えないかもしれない、顔も見られないかもしれない…そう思うと居ても経っても居られなくなってしまったのだ。そして涙が絶え間なく溢れてきて止まらなくなったサイスは、クラサメの肩に顔を埋めて大泣きしていた。

クラサメは驚いて自分に抱きつくサイスを見下ろしていた。彼女が自分の事をなぜだか知らないが好いていたらしい、と言う事は手紙の件もあり何となく気付いてはいたが、そのうちその様な気も治まるだろう、と思っていた。自分の様な男の一体何が良いのか見当もつかないし、まだこれから未来のある彼女の人生に自分の様な人間が強く影響してしまってよい訳がない。しかし彼女は自分にしがみつき、大泣きしてしまっている。何事にもドライな様に見える彼女が初めて見せた執着心の強さに、心が押されるのを感じた。

「・・・頼むから顔を上げろ」
そうクラサメの声がしたが、サイスは首を振ると抱きつく腕に力を込めた。クラサメの肩に顔を埋めたまま答える。
「連れて行ってくれないと離さない」
「・・・私について来る気なのか?」
サイスは黙って頷いた。
「そんな事をしても何もいい事はない。お前はお前の道を歩め」
「これがあたしの選んだ道なんだよ!!!」
「・・・」
クラサメがため息をつくのが分かる。
「・・・普段のお前のどこにこんな感情の塊があるんだ」
「・・・あたしも分からない」
「・・・」

「・・・分かった」
長い沈黙の後、クラサメが観念した様にそう呟いた。
「いいの!?」
サイスはここで初めて顔を上げた。
「ただし、一年だけだ。その後、お前は朱雀に戻れ。いいな」
その言葉にサイスは不服そうな表情をしたが、こくりと頷くと、クラサメから体を離し部屋を出て行った。

そして白虎へ向かう前日。クラサメを探していたサイスは、墓地で誰かの墓標の前で膝を付いて、じっとそれを見つめている彼を見つけた。死者の記憶を忘れるオリエンスにおいて、こうして墓地を訪れる者は殆どいない。サイスも、自らここへ来た事は一度もなかった。
 墓地に整然と並んでいる墓は、外側にある物ほど古い。現に、外側にある墓標には苔むしているものも少なくなかった。墓地を訪れる者がいないと言う事は、墓標を磨く者もまたいないという事だ。しかし、クラサメが見つめている墓は、比較的外側にあるにも関わらず、新しい墓標の様に綺麗だった。墓標の周りの雑草も綺麗に取り除かれている。定期的に墓参りをして墓標を磨き、草取りもしているのだろう。クラサメにはいつにも増して人を寄せ付けない雰囲気が漂っており、サイスはクラサメに声をかられず、じっと後方で立ち尽くしていた。
 しばらくそうしていると、どこからかトンベリが桜の咲いた枝を掻き集めてクラサメの元へ運んできた。墓地には桜が植えられており、春になると満開の桜が咲き誇る。墓地において桜が散る様は人の命の儚さを表している様にも見え、美しいながらも切ない雰囲気を醸し出していた。
 トンベリから桜を受け取ったクラサメは、そっと墓標の前に供える。そして、周囲に散っていた桜の花びらを集め、その墓標の周りに散らしていった。
(桜の花が好きだった人なのかな・・・)
そうするクラサメの様子は、とても死者の記憶を失っているとは思えない様であった。最後に、クラサメは墓標に刻まれている名前部分を指でそっとなぞると、トンベリを抱きかかえ、去って行ってしまった。
 クラサメの姿が消えると、サイスは墓標に近づいた。そして、墓標に刻まれている名前を読む。そこには、「ミワ」と書かれていた。
(ミワ・・・誰なんだろう・・・。好きな人だったのか・・・?)
墓参りをするクラサメ様子から、彼がこのミワという女性の事を今でも大切に想っているらしい事は想像がついた。(あたしなんかじゃ適わないって事かな・・・)
果たして自分が死んで記憶を失っても、クラサメは自分に対してこの様な事をしてくれるのだろうかと考えると、サイスは柄にもなく自身を失ってしまった。

結局、サイスは事務官としてクラサメと白虎に同行する事になった。
数年前までは敵として戦っていた白虎である。しかし、その白虎での生活は、サイスが思っていたよりは大変ではなかった。施設はきちんと整っていたし、白虎の様々な技術は朱雀のそれを遥かに上回るものであった。条約が締結されて少しは年月が経っている為か、敵意を示してくる人間もいない。むしろ、寒冷な気候から慢性的な食料不足や飢饉に悩まされている白虎にとって、朱雀から食料支援などの援助を受けられる事は期待を持って受け入れられているらしかった。
 領事館に派遣される事を、「左遷」と捉える人物もいれば、「今後の外交の為に重要な役割だ」と捉える人物もいた。クラサメに白虎行きを命じたのは軍令部長ことスズヒサ・ヒガトであるが、彼がクラサメを「左遷」した事は誰の目にも明らかだった。この二人、上司と部下という関係であるし、敵対しているとまではいかないものの、クラサメが候補生の頃からウマが合わない様だ。軍令部長はクラサメの事を影で「死に損ない」と呼んでいるし、かつてクラサメが朱雀四天王壊滅の件で裏切り者扱いされていた頃、最初から最後までクラサメを疑っていたのもこの軍令部長だった。またクラサメはクラサメで戦争が終わっても自衛の目的もあるとは言え、魔導院に留まり続ける軍部を快く思っていない様だ。

サイスとクラサメには別々の宿舎の部屋が宛がわれたが、サイスは多忙なクラサメに食事を作って届ける事にした。元々、料理人になろうかと考えていたのだし、あのクラサメの事だ、どうせまともな食生活をしていないに違いない。
「気持ちはありがたいが・・・」
クラサメに食事を作る事を提案したものの、当初は無下なく断られてしまった。しかし、一年以内にクラサメの気を自分に向けなければならないのだ。サイスは失敗を重ねながらも何とか料理を作ると弁当箱に詰め、クラサメの部屋のドアの取っ手に掛けておいた。すると、受け取ってはくれたのか、翌朝自室を出ると、トンベリが空の弁当箱を持って部屋の前で待っており、綺麗に洗われた弁当箱の中には、「美味かった」とクラサメの字で一言だけ書かれたメモが入っていた。

クラサメが白虎に派遣されて一年程経ったある日の事。クラサメは会議の為に朱雀に一時的に呼び戻され、居酒屋でカヅサとエミナの二人と久しぶりに呑んでいた。
「クラサメ君、白虎はどうなの?」
エミナがウーロン茶を片手にクラサメに訊ねた。
「別にどうって事ない。夏は暑くないし、ある意味朱雀より快適かもな」
クラサメもビールを飲み枝豆をつまみながらそれに答える。
「暑いの苦手だからなあ…クラサメ君は」
カヅサはウイスキーをロックで嗜んでいた。
「エミナは…予定日はいつなんだ?」
「後一か月後なんだけど…最近ホントによく動いて、夜も眠れないくらいよ」
エミナは一年程前に結婚した。相手は、摩導院でクラスの副担任を務めている男だ。そして今は妊娠中で、その腹は大きく迫り出している。
「私の事より、クラサメ君にはいい話ないの?」
「…何の話だ」
「もう、気付かないふりしちゃって…結婚よ、結婚」
「あるわけないだろう」
「クラサメ君の元へなら僕喜んで嫁ぐんだけどなあ…」
「気持ち悪いからやめろ」
「そうよ、そんな事言ってると一生結婚出来ないわよ?」
「冗談だよ冗談。でもクラサメ君の体を毎日研究出来るならホントに…はい、ごめんなさい…」
クラサメからギロリと鋭い目線で睨まれ、カヅサは押し黙った。
「まあまあ二人とも…。今はかなり忙しいの?」
「まあそれなりにな…。領事館の基礎を築かなければいけないから、色々と大変なんだ」
「ねえ、ちゃんと毎日食べてる?クラサメ君ったら忙しいとすぐ食べなくなるでしょ?」
「そうだ、忙しいなら僕がサプリンメントを特別に調合してあげようか?クラサメ君の素晴らしい肉体を保つ為の栄養素を全て…」
「ブリザガ」
カヅサの言葉はそこで途切れ、分厚い氷に包まれたカヅサの氷像が出来上がっていた。この三人が集まるとこの光景が当たり前に見られる為、エミナも完全にスルーである。
「大丈夫だ、ちゃんと食べてるから」
「ならいいけど。領事館にもリフレみたいなのあるんだね。美味しいの?」
「いや…その様なものはない」
「じゃあどうしてるの?」
「その…サイスがよく料理を届けてくれるから・・・」
「ふ〜ん・・・。そう言えばあの子、クラサメ君の事が好きみたいよ?」
「・・・俺のどこがそんなにいいんだかな」
「あら、クラサメ君にもいい所は沢山あるわよ。それで、クラサメ君はどうなの?」
「・・・元教え子に手を出していい訳ないだろう」
「そんな事気にしてどうするよ。相変わらず真面目なんだからもう・・・」
「俺が真面目なんじゃなくて、常識だ」
「そんな常識聞いた事ないわよ。それにそう言うけどクラサメ君、彼女からの手紙は受け取ってあげたんでしょ?何だかんだ白虎にまでついて来させちゃってるしさ」
「彼女が引き下がらなかったから、仕方なく、だ」
「でも内心は嫌じゃなかったんでしょ」
「・・・」
「そんなに頑なにならなくてもさ。もう少し自分に素直になったらどうなの?」
「・・・」
「クラサメく〜ん、またヒドイ事するなあ〜。僕はホントに君の事を心配して・・・」
その時カヅサを包んでいた氷が割れ、氷付けから解放されたカヅサがクラサメに擦り寄って、再びクラサメにブリザガをぶつけられそうになるのをエミナが嗜めるという光景が続き、夜は更けていった。

それから数日後。
「今夜、祭りに出かけないか」
朝、いつもはトンベリに届けさせる弁当箱を、自らサイスの部屋まで返しに来たクラサメの言葉に、サイスは耳を疑った。白虎の街ではこの日から数日間、気候が若干穏やかになるこの季節を利用して、大々的に催しが開かれる。屋台なども多数出るようだ。
「誘ってくれるの!?」
「・・・いつもの礼だ」
「行く!!!」
「ならば今夜七時頃、私の部屋の前で待っていて欲しい」
即答したサイスにそう告げると、クラサメは踵を返した。

その日、仕事の間中、サイスは何も手につかなかった。頭の中は今夜の事で一杯だ。どんな服装で行けばいいのか、髪型はどうすればいいのか・・・。普段はどちらかと言うとボーイッシュな格好をしている事が多いサイスではあるが、女性らしい物に興味がない訳ではない。香水を付ける事もあるし、女性らしい服も持っている。だが、そういった服装を人前でした事はない。髪も普段は無造作に束ねているだけだし、何となく自分の柄ではない気がして、気恥ずかしいのだ。

(これ、着てみるかな・・・///)
仕事を終え自室に戻ったサイスは、クローゼットから、何を血迷ったか買ってしまったフリルの付いたワンピースを取り出した。数年前の物であるが、ブランドものだから流行遅れという事もないだろう。思い切ってそのワンピースを着てロングブーツを合わせる。これだけでも雰囲気が相当変わってしまったが、普段の髪型では服に合わないと思い、ツインテールにして跳ねる毛先に軽くパーマをかけると全くの別人になってしまった。これではクラサメは自分だと気付いてくれないかもしれない。時間ギリギリまで散々悩んだサイスだったが、ここは白虎でありこれまでの自分を知る者などいない、思い切ってしまおう、とその格好で出かける事にした。

夜の七時を少し過ぎた頃、クラサメが部屋に戻って来た。
「遅くなってすまない・・・っ!?!?!?」
部屋の前で待っていたサイスを見ると、クラサメは驚きのあまりか目を見開き、持っていた書類を足元のトンベリの上に落としてしまったのにも気付かない有様だった。
「・・・その、どうかしたのか?」
「そんな事気にしなくていいから、早く支度して来いよ!!!///」
(ああ、やっぱりこんな格好してくるんじゃなかった・・・///)
恥ずかしさから叫ぶ様に言ってしまったサイスでは、髪から除くクラサメの耳が赤くなっている事には気付いていなかった。

「待たせたな」
十分程して、クラサメが現れた。腕にはトンベリを抱き抱えている。
ジーンズにショートブーツを履き、黒いVネックのシャツに革のロングコートを着て、首元の火傷の痕を少しでも隠す為か、ストールを巻いている。いつものペンダントも身に付けている様だ。
(意外と洒落てるじゃん・・・///)
厳ついマスクを除けば、好青年といった雰囲気のクラサメに、サイスは顔が赤くなるのを隠しきれず、無言でクラサメの後を歩き出した。

外は夜風が気持ちよく、少しひんやりとしているが、火照った頬にはそれがかえって気持ちよかった。サイスは思い切ってクラサメの手を握ってみた。細い指に自分の指を絡める。すると、少ししてそっと握り返してくれたのが、感触で分かった。
(手…繋いじゃった…///)
傍から見たら、自分達はどう見えるのだろう。サイスは手を握る力を込めると、そっとクラサメに身を寄せた。
 そのまま暫く、屋台などをぶらぶらと見て回った。トンベリにワタアメを買ってやれば、その中に顔を突っ込んで美味しそうに食べている。顔中がベタベタになってしまったトンベリに、クラサメは、この街の外れに川があるからと、そこへ向かう事にした。

小川に出ると、クラサメはトンベリの顔を洗ってやる。トンベリは水辺が好きなのか、そのまま小川に入ってバシャバシャと遊び始めた。サイスはクラサメと並んで川岸に座った。
「お前は…このままでいいのか?」
「…え!?」
ふいにそう問われ、サイスはクラサメの顔を見返す。
「お前には、無限の可能性がある。これから色々な出会いもあるはずだ。それを…私の様な男の為に無駄にするのか?」
「・・・前に言っただろ、それがあたしの選んだ道だって」
「…そうか」
そう言うと、クラサメはごろんと横になってしまった。サイスも同じ様に寝そべってみる。夜空の星がとても綺麗だった。
「ねえ」
隣で横になって目をつぶっているクラサメに、サイスは問い掛けた。
「・・・何だ」
「その…昔の事、どれだけ覚えてるの?」
「・・・何の話だ」
「だから、朱雀四天王の事」
「・・・」
サイスがずっと気になっていた事だ。
「もう昔の話だ」
「昔って言ったって、大昔じゃないんだから。・・・ちょっとは覚えてるんだ?」
「たとえ死者の記憶が消えようとも、心の穴が埋まる訳ではないからな」
「・・・」
恐らく、意図的に忘れない様にしているのだろう、とサイスは思っている。顔の火傷の痕がそれを物語っているし、死者の記憶を忘れているにも関わらず、度々墓地を訪れては墓参りをしているのも彼くらいだからだ。それに・・・。サイスはそっと、クラサメの首にかかるペンダントを見た。普段、厳つい装いで身を固めている彼であるが、このペンダントだけはその中で異彩を放っている。公の場でもプライベートでも外しているのを見た事がない。
「これ、プレゼントだったの?」
「・・・みたいだな」
「好きだった人から?」
こうも肌身離さず身に付けているのなら、いくら贈り主の記憶がなくなっても、その相手に対する想いの強さが伺える。
「・・・そう日記に書いてあった。命の恩人でもあるが」
「ふ〜ん・・・。何て名前の人だったの?」
「・・・ミワ、と言うらしい」
「ミワって・・・」
(あの墓標に書かれてた名前・・・)
命の恩人でもあると言う事は、そのミワという人物こそ、クラサメの命を救い絶命した朱雀四天王の紅一点だった4組の候補生に違いない。
(そのミワって人も、クラサメの事が好きだったんだろうな・・・)
だからこそ、自分よりも彼に生きて欲しかったのだろう。そしてミワだけでなく、「朱雀四天王」と呼ばれたからには、他の二人とも堅い絆で結ばれていたはずだ。クラサメは、今でもその喪失感の中に生きている様にサイスには感じられた。それなら、自分が彼に今を生きさせるキッカケになればいいとサイスは思った。サボテンダーを連れていたらしいその中の一人が裏切った理由はやはりクラサメの記憶にもないだろうが、思い出ごと三人の仲間を失った彼の苦悩を考えると、サイスは胸が締め付けられた。

「…サイス」
「何?」
「一つ、頼みがある」
「???」
上半身を起こした彼の口からいきなりその様な言葉が発せられ、サイスは戸惑った。
「お前は…俺が白虎に来たのが、なぜだか分かるか」
「へ???」
いきなり意外な話を振られたのと、彼が自身の事を「私」ではなく「俺」と言った事で、サイスは驚きのあまり思わず大きな声を上げてしまった。
「・・・手術の為だ」
「手術!?!?!?」
「もう体がガタガタだからな…毎日痛み止めを飲んでいても効きが悪くなってきた」
「痛み止めって…。どこが悪いんだよ」
「手足の関節は人工関節だし、背骨にはボルトが入っている」
「そんな…」
「朱雀だとどうも技術に劣るみたいでな。…白虎に腕のいい医者がいるからとカトル准将が勧めてくれた」
「手術しなかったら…どうなるんだよ?」
「40歳になる頃には自力で歩けなくなるだろう、と言われた」
「…」
サイスは思わず言葉を失ってしまった。考えれば、彼は現役を引退した理由を「体がついていかないから」だと言っていた。しかしそうは言っても、現役の候補生以上の戦いぶりを見ると、大した事はないのではないかと思っていたのだが・・・。
「いつ手術するの?」
「近いうちに」
「やっぱり…長くかかるのか?」
「まあ手術は数時間で済むだろうが…少しの間は車椅子生活だろうな」
「…」
「俺が生きる事が命を救ってくれた彼女の願いなのなら・・・それを叶える事がせめてもの償いかもしれないと、最近やっと思えてきた。だから…もしお前がよければ…手を貸してくれないか」
「あたしで…いいの?」
「・・・もうお前しかいないさ」
サイスはクラサメに近寄ると、マスクに手を伸ばして、そっと外してみた。
(綺麗・・・///)
たとえ「容姿端麗」という言葉を自称しても何ら恥ではない程、クラサメは端麗な顔立ちをしていた。だが、火傷の痕がケロイド状になって頬から首筋に広がり、その存在を誇張している。胸の奥がチクリと痛んだ。
するとクラサメも、サイスの頬に手を添える。
「…綺麗になったな」
「!?!?!? //////////////////////////////」
サイスは、頭が一瞬で麻痺するのを感じた。何も考えられず、顔が耳の先まで真っ赤になっていくのを止める事が出来ない。そんなサイスの顔を引き寄せると、クラサメは更に衝撃的な言葉を発した。
「二度と言わないからよく聞いとけ。…愛してる」
その途端、口付けられた。
「…っ!?!?!?!?!? //////////////////////////////」
サイスは目を見開くとぎゅっとクラサメにしがみ付こうとするが、全身から骨が抜けてしまった様に、体に力が入らない。気を失いそうになるのを堪えるのが精一杯だった。暫くされるがままになっていたサイスだったが、自分からも手を伸ばしてクラサメの頭を抱きしめる。サイスにとって、やっと手に入れた至福の時だった。

どれくらいの時間が経っただろう。さすがにお互い息苦しくなって、唇を離す。
「クラサメ・・・」
思わず名前で呼び捨てにしてしまった。戦争をしていた頃は「隊長」と呼んでいたし、戦争が終わってからも「先生」と呼んでいた。クラサメも礼儀には煩かったから、決して呼び捨てにする事は許さなかった。だから本人の前で呼び捨てにしたのは初めてだ。
「これからはそう呼んでくれればいい」
クラサメもそう答えると、再び唇を合わせようとしたその時、何かが服を掴んで這い上がろうとしてきた。驚いて胸元を見ると、トンベリが尻尾を振りながらクラサメとサイスの間に入ってくる。そして二人の顔を交互に見つめると、掴んだ二人の服を引き寄せた。
「抱っこして欲しいのかな・・・?」
サイスが呟くと、クラサメは、サイスとトンベリを一緒に抱き締める。サイスも、クラサメの背に手を回すと、その肩に顔を埋めた。その時夜空には、流れ星がすっと流れていた。

その日を境に、サイスはクラサメの部屋で同棲生活をする様になった。仕事が終わると先に部屋へ帰り、食事を作る。クラサメが帰って来る頃には暖かい食事が出来ているという訳だ。その後、クラサメが忙しい時は、部屋で仕事をする彼の邪魔にならない様にトンベリの相手をして夜を過ごしたが、そうでない時は、二人でベランダに出て、リクライニングチェアに並んで寝そべりながら、夜空を眺めていた。大抵はお互い無言だったが、気まずさはなく、むしろ静かな空間が心地よかった。

 

数ヵ月後、クラサメは仕事を代理の者にまかせ、手術を行った。夕方遅く手術を終えて、体中を包帯で巻かれ、点滴を何本も刺されて眠っている姿を見ていると、もし目を覚まさなかったらどうしようかとサイスは不安に包まれたが、翌朝、付き添っていたサイスがうたた寝から目を覚ますと、既に彼は麻酔から目覚めていた。
それからサイスは毎日、仕事が終わると病室に通った。トンベリも、さすがに病室に置いておく事は出来ないので、サイスが毎日連れて来てやっている。
 クラサメは両足の膝に両腕の肘、それに肩や背中を手術しているため、移動は常に車椅子で腕も殆ど上げられない状態が続いたが、徐々に自力で歩ける様になる等、回復の兆しを見せていった。

  

数週間後。トンベリを連れてクラサメの病室に向かっていたサイスは、看護婦に、彼がリハビリ室にいる事を教えられた。病院では、サイスをクラサメの妻かと勘違いしている者もいるらしく、「クラサメさんの奥さん」などと言われたサイスは、たちまち赤面してその場から立ち去ってしまった事もあった。
 その頃、リハビリ室では人だかりが出来ていた。戦争で後遺症を負った者など、白虎の兵士の中にも未だにリハビリに取り組んでいる者は少なくない。その日もリハビリ室にはその様な兵士を始め、患者が多くいたのだが、その人だかりの真ん中では、なんとクラサメとカトルが決闘ともとれる迫力で激しく氷剣と刀を切り結んでいたのだ。
見物人である白虎の兵士によると、最初はカトルがクラサメを見舞いに訪れ、リハビリがてらに基本的な剣術の型で軽くやり合っていただけらしい。しかし、次第に本気度を増していき、今では二人とも人間だとは思えない動きとスピードで剣を振り回し、切り結ぶ音が部屋中に響き渡っていた。

「やめなさい!!!!!!!!!!」
誰かの怒鳴り声で、突如その戦闘は終了した。声の主は看護婦だ。後ろにはサイスが唖然とした表情でトンベリを抱いて突っ立っている。
「全くあなたというお方は、リハビリ中の身で何事ですか!!!准将も、この様な場所で刀を振り回してよいのかどうかくらいお判りでしょう!!!」
二人は我に返ったのか、カトルは刀を鞘に仕舞い、クラサメは氷剣を消滅させた。
「つい、本気になってしまって…その…」
「…我はただリハビリの手伝いをしていただけだ」
「この様な激しい運動は厳禁だと何度言ったら分かるのですか???准将も、もう刀は持ち込み禁止です!!!」
「すみません・・・」
「・・・すまなかった」
看護婦のあまりの迫力に、国を代表する名戦士だった二人の男は押し黙ってしまった。

カトルは看護婦に摘み出され、見物人達も、それぞれ自分のリハビリを続ける為に散っていった。
「・・・何してるんだよ、そんな体で」
それでは手術を受けた意味がないとサイスは文句を言う。
「・・・だからすまなかったと言ってるじゃないか」
いくら激しい運動をするなと言われても、それをなかなか受け入れられないクラサメの気持ちはサイスには痛いほど分かったが、クラサメには体を大切にしてもらわなければ困る。
「・・・今度こんな事したら、もうご飯作ってあげない」
「なっ・・・!!!・・・それは・・・やめてくれ」
「その分トンベリに美味しいもの作ってあげちゃおうかな」
同意を求める様にトンベリを見下ろすと、トンベリもコクコクと首を縦に振っている。
「・・・もういい」
そう言うと拗ねた様な表情を見せたクラサメに、サイスは笑いが込み上げてきてしまった。自分より10歳も年上のはずなのに、クラサメが小さな甘えん坊の様に見えたからだ。ふと、セブンが前に「男は幾つになっても所詮子供だ」と言っていたのを思い出したが、目の前の男も例外ではないのかもしれない。サイスは可笑しくなって、声を上げて笑い出してしまった。
「何が可笑しい」
「何でもないよ。・・・っははははははははは」
「笑うのを止めないと・・・冷気魔法の真髄を知りたいか?」
「じゃあご飯抜きだな!」
「っ・・・!!!」
墓穴を掘った彼がますます可笑しくて、サイスは本格的に笑いが止まらなくなってしまった。クラサメはしばらくそんなサイスを恨めしそうに見ていたが、何を思ったかひょいとお姫様だっこで抱き上げる。
「な、何するんだよ!!!降ろせ!!!///」
「これ以上笑い続けるのなら、ここでその口を止めてやる」
「・・・!!!//////////////////////////////」
その言葉の意味を察したサイスは、とたんに真っ赤になって黙ってしまった。そんなサイスを見て、今度はクラサメが声を上げて笑い出した。クラサメの笑う姿など初めて見たサイスは呆気に取られていたが、その意外と可愛い笑顔を見ているとまた可笑しくなってしまい、再び笑い出してしまった。リハビリ室には二人の笑い声が響き、周囲は暖かい目で見ていたのだが、そんな事にも二人は気付いていなかった。

 それから一年後、サイスは20歳の誕生日を迎えた。その夜、魔導院のリフレッシュルームを貸し切って、サイスの誕生会兼0組同窓会が開かれた。同窓会も兼ねるという事で幹事のケイトはクラサメにも声をかけたというが、仕事があると断られた、とぶつぶつ言っている。それは半分本当で半分嘘である事をサイスは知っていた。実はサイスとクラサメの仲は0組の面々には話していない。別に秘密にする必要はないのであるが、二人とも気恥づかしいのだ。クラサメがこの場に来れば、彼はともかく自分が平常心でいられるか、サイスは全く自信がなかった。
 元0組全員が集まったリフレッシュルームはどんちゃん騒ぎとなっていたが、話題はやがてそれぞれの現状に移っていった。魔導院に残り、チョコボ牧場でチョコボの育成に取り組んでいるエースは、チョコボを一度に99匹孵らせるという歴代最高記録を達成し、有頂天になっている様だ。
「ところで、サイスは最近どうしてるの?」
ケイトがこちらに話を振ってきた。
「べ、別にどうってことないよ。普通だよ、普通」
「あいつと一緒に白虎に飛ばされるなんて俺は死んでもごめんだぜ、オラァ」
「クラサメ先生とはよくお会いになっていらっしゃるのですか?」
「…まさか、クラサメ先生に付いて行ったとか、ないよね?」
クラサメの名前が出る度にサイスは心臓がドキッとしたが、ついにレムから確信を付かれてしまった。
「「「「「「「「「「「「へえ!?」」」」」」」」」」」」
サイスとレムを除く12人の声が重なった。
「そ、そんな事ある訳ないだろ!!!///」
「…サイス、あんた何赤くなってんのよ」
ケイトが疑いを含んだ目線でサイスを見る。
「サイスっち、もしかしてもしかしてもしかして〜クラサメ先生の事、す」
「だから!違う!!!//////////////////////////////」
シンクの言葉にサイスはそう叫んだものの、言葉に反して真っ赤になり、俯いてしまった。
「・・・赤くなってやんの」
「そうだって認めたも同然ですね…」
「クラサメ呼び出して真相聞き出してやろうぜ、オイ」
そう言うとナインは面白そうにニヤッと笑みを見せた。

「オイ、サイスと付き合ってるってマジなのかよ」
[相変わらず言葉遣いがなってないな。全く…いつまで子供でいる気だ?]
「話をそらさないでよ!!!」
「そうだよ、可愛い彼女と一緒にいてあげなくていいわけぇぇぇ?」
[……………………………………………………………………………………………………………………………]
ナインとケイト、それにジャックがCOMM越しにクラサメをはやし立てていた。
「皆いい加減にしろ。・・・このままじゃみんなの収拾がつきそうにないから、すまないが仕事が終わってからでいい、来てくれないか」
[…分かった]
最後にはセブンがまとめる様に言い、クラサメが観念した様に呟いた。

 その間、サイスは隅で赤くなって固まっていた。
「サイスっち、いい加減認めちゃいなよ〜」
「そうですよ。恥ずかしがる事ありません。サイスさんが幸せなのでしたら、わたしも嬉しいです!」
「・・・そうだよ//////////////////////////////」
シンクとデュースに畳み掛けられ、サイスはしぶしぶ認める。とたんに、「キャー!!!???」っと甲高い悲鳴が上がった。
「ねえ、付き合ってどれくらい?」
レムは興味津々の様子だ。
「もしかしてぇ、もうやっちゃってたりするのぉぉぉ?」
シンクはニヤニヤ顔だ。
「な、何もやってない!!!///」
「怪しいなあ〜」
デュースも身を乗り出して来る。
「ホントだってば・・・///」
「もうやめとけ、サイスが可哀想だろ」
「セブンったら、あま〜い」
シンクは文句を言ったが、サイスはセブンに初めて心から感謝した。

 しばらくすると、リフレッシュルームの魔法陣が光り、クラサメが姿を現した。
「あ、サイスっち、王子様のお出ましだよ〜」
「そんなんじゃない!!!///」
「・・・騒がしいな、相変わらず」
「僕達に黙ってるなんて〜水臭いよ〜」
「そうだぞ、オラァ」
「要件がないなら私は帰るぞ、全く・・・」
「そんな事言わずに〜。さあさあ、サイスの隣へどうぞ〜」
クラサメはジャックに引っ張られ、サイスの隣に座らされてしまった。
「で、結婚のご予定は?」
レムは目を輝かせている。
「そ、そんなものある訳ないだろ!!!///」
「・・・」
真っ赤になって否定するサイスと無言を貫くクラサメだが、照れれば照れる程周りは面白がってからかいたくなるものである事に二人は気づいていない。
「じゃあさ〜ここでしちゃえばいいじゃん。ビデオに撮ってあげるから、プロポーズ早く早く〜」
その途端、調子に乗ってビデオカメラを構えたジャックが、一瞬で凍りついた。
「・・・調子に乗りすぎだ、全く」
キングがボソッと呟く。
「・・・これ以上何か言おうものなら、全員同じ目に合わせるぞ」
「・・・暴力はんた〜い」
シンクが小さな声で反論したが、全身から冷気を立ち昇らせたクラサメの迫力には逆らえず、全員口をつぐむしかなかった。

 

そのうちに皆は他の話題で再び盛り上がり始め、それを期にサイスとクラサメはそっとリフレッシュルームを抜け出した。魔導院の噴水広場にある噴水のヘリに二人で腰掛ける。夜遅くとあってか、トンベリはクラサメの腕の中で丸くなって眠っていた。
「バレちゃってごめん…///」
「まあ、別に構わないが…」
それっきり二人とも無言になる。サイスは頭上に輝く満点の星空を眺めていた。

「その・・・そろそろするか?」
黙り込んでいたクラサメがふいに口を開く。
「す、するって・・・///」
「お前をどこまで幸せにしてやれるか分からんが・・・共に人生を歩めればいいと、思う」
「・・・あたしも///」
サイスはこくん、と頷くと隣に座るクラサメに寄り掛かり、その腕に自分の腕を絡ませた。

 

ただ、婚姻届に二人でサインをしただけだった。華やかな結婚式も何もない。生活も、今まで通りクラサメの部屋で共に暮らしていたし、仕事から先に帰ったサイスが食事を作る事も、何も変わらない結婚生活だった。元0組の皆には、きっと招待されたかったのだろう、結婚式をしない事に文句を言われたが、サイスは現状に十分幸せを感じていた。

それから一ヶ月後。
「たまには、旅行にでも行かないか」
「旅行!?」
クラサメの口から意外な言葉が飛び出した。
「暫くロクに休んでいないからな。数日間だが、有給をまとめて休みを取った」
「あたしはいいけど・・・どこに行くのさ?」
「俺の秘密の場所だ」
「秘密の場所!?」
「行ってからのお楽しみだ」

 朱雀領の遥か南に、その「秘密の場所」はあった。夕方、クラサメがカトルから拝借した小型飛空艇を操縦して着地したのは、小さな島のど真ん中だった。しかし、である。サイスの記憶が正しければ、ここは朱雀軍により立入禁止区域に指定されている領域のはずだった。
「ここ、入っていいのか?立入禁止区域だろ。かなり危険だからって・・・」
「・・・お前は、ここに危険を感じるのか?」
「・・・いや・・・」
サイスは改めて周りを見回してみた。確かに、危険どころか逆に長閑である。時折鳥の鳴き鳴き声が聞こえる他は、静寂に包まれており、元は住民が生活していたのか、元は空き家だったと見られる木の残骸が海沿いに打ち捨てられている。何となく蒼龍に近い雰囲気を感じさせる、不思議な場所だった。トンベリも懐かしさを感じたのか、サイスの腕から飛び降りて、海にトコトコと駆け寄って行った。
サイスの頭にはいくつもの疑問が浮かんだ。本当に危険ならばなぜ住民が暮らしていた跡があるのか、その住民達は一体どこへ消えたのか、なぜこの様な島が朱雀軍により立入禁止区域に指定されたのか、そしてなぜクラサメは、この島に自分を連れて来たのか・・・。
サイスがあまりに怪訝な顔をしているからだろう、クラサメは静かに語りだした。
「ここは、かつて戦争中に、朱雀軍の弾薬庫にされていた島だ」
「弾薬庫!?」
朱雀は魔法を主な戦力としているが、魔力があるのは主に10代の若者である上、戦力になり得る程の魔法を使うにはそれなりの才能と訓練が必要だ。そうなると必然的に魔法を使える者は、厳しい訓練をくぐり抜けた候補生に限られてしまう。白虎や蒼龍の者の中には、朱雀の若者であれば誰でも魔法が使えると思い込んでいる者も少なくないが、それは大きな間違いなのだ。
「遠い昔の事だが、当時は候補生だけでは戦力が足りなくて、密かに弾薬を開発して、ここをその隠し場所にしようとしたわけだ。さすがに白虎もこの様な島に目を付ける事はないだろう、という目論見でな。島の人々は勿論抵抗したが、軍の前では完全に無力で、無理やり押さえつけられてしまった。いざとなったら軍が住民達を守るからという条件を出されて、承諾するしかなかったのさ」
「・・・それで?」
「しかしそう上手く事は運ばず、情報が白虎に漏れてしまった。当然白虎はこの島を攻撃してきた。朱雀軍が助けてくれると思いきや、軍は開発していた弾薬を持ち出すと、それ以上兵士の犠牲を出したくなかったのだろう、ろくに戦おうともせず、逃げ帰ってしまった。結局住民は見捨てられ、白虎の攻撃によって全員命を落とした」
「それで、立入禁止にしたわけか。・・・軍の失態を隠そうとして」
サイスは話を聞きながら、新たな疑問が湧き上がった。そんなにも軍が隠したい事実なら、書類等にも記録されていないのだろう。なのになぜ、クラサメはこうもこと細かに当時の状況を知っているのか?
「その話・・・誰かに聞いたの?」
「いいや」
「じゃあなんで・・・」
「その住民の中に、一人だけ生存者がいた。と言ってもまだ子供で、たまたま一軒だけ無事だった家の床下に隠れてじっとしていたから、運良く難を逃れたんだが」
「・・・もしかして、その子供って・・・」
「・・・俺の事だ」
「・・・」
「別に今では軍を恨んだりはしていない。戦争中では、軍事力を保つ為には致し方なかった事なのが、今なら分かるからな」
「でも、クラサメの両親も・・・」
「恐らく、その時に犠牲になったんだろう。あまりに銃撃が凄くて、ノーウィングタグも吹き飛んで見付けられなかったから、それすら分からないんだ」
「それ、味方に殺された様なもんだよな・・・」
「だから候補生になった」
「だからって?」
「ただ強くなりたかった。もし住民に少しでも戦えるだけの力があれば、犠牲者を減らせたかもしれない。最初から軍に抵抗する事も出来ただろうしな・・・」
「・・・」
「柄にもなくつまらない話をしてしまったな。もう忘れてくれ。20年以上も前の事だ」
クラサメは断ち切る様に話を終わらせた。気付けば辺りは薄暗くなり、夜の帳が下りようとしている。
「それより、少し泳がないか?ここの海は気持ちいいぞ」
「お、泳ぐって、水着なんか持ってきてないよ!」
サイスがそう言うのにもお構いなしにクラサメは海辺へ歩み寄ると、上着を脱ぎ、続いて下も脱いでしまった。
「ちょ、ちょっと!!!//////////////////////////////」
「島で暮らしていた頃、海は風呂みたいなものだったからな」
そう言い残すと、クラサメは海に潜り、姿を消してしまった。

 

そこには、サイスと、浅瀬で遊んでいるトンベリが残された。サイスはトンベリを抱き上げると、飛空艇からトランクを運び出す。そして、島の片隅に残された古びた家に近づいた。恐らく、クラサメが言っていた、ただ一軒だけ無事だった家がここなのだろう。
 扉を押すと、軋む音と共にゆっくりと開いた。中に入ると、予想に反して綺麗だった。埃もなければ、空気が篭っている感じもない。棚の中には少しばかりの食器もあるし、ベッドも整えられている。クラサメは度々ここを秘密裏に訪れていたのではないかとサイスは考えた。ふと、壁に掛けられている一枚の絵が目に留まる。そこに描かれていたのは、一人の女性だった。年齢は20代後半といった所だろうか。紺色の髪は見事なストレートだ。切れ長の目やすっと通った鼻筋がクールな印象を与える。そして、その美しく整った顔は・・・クラサメにそっくりだった。
(もしかして、クラサメの母親?)
だとするならば、ここはクラサメの生家という事なのか。サイスはその絵から目を離す事が出来ず、絵の前で立ち尽くしていた。

 

 どれくらいそうしていただろう。ふと我に帰ったサイスは、クラサメが戻って来ない事に気付いた。まさか溺れているなんて事はないと思うが、心配になり外に出てみる。空には月が出ており、見事な美しさだった。月の光を反射した海面もキラキラと輝いており、日のある時とはまた違った幻想的な雰囲気を醸し出している。そこに、こちらへ歩いて来くる人物が見えた。クラサメだ。
 サイスは、月光に照らし出されたクラサメの姿に思わず息を飲んだ。全身を濡らした海水に月光が反射してキラキラと輝き、鍛え上げられた上腕筋や見事に割れた腹筋など、彫刻の様な肉体美を浮かび上がらせている。その様は、圧倒的に素晴らしかった。サイスの元歩み寄ったクラサメは、彼女を横抱きにする。サイスは思わず彼にしがみついた。そのまま海へ連れて行かれると、海に腰まで入った所で降ろされる。クラサメの手がサイスのシャツのボタンに掛けられ、外していった。サイスは顔が赤くなり心臓が激しく鼓動するのを感じたが、自分から下を脱ぐと、クラサメに脱がされる前に上着も脱ぎ捨てる。柔らかな感触の海水が体を濡らしていった。そして、どちらからともなく口づけを交わすと、サイスは両腕両脚でクラサメに抱きついた。クラサメも両手でサイスの脚を支えると、そのまま浜辺まで移動し、押し倒す。
 実は、実際に行為に及んだ事は今までなかった。クラサメが自分から手を出す事は決してなかったし、サイスも、行為に及んでみたいと思う事はあったものの、自分からどうしてよいのかよく分からず、ここまできてしまったのだ。途端に押し寄せた嬉しさと羞恥心でサイスの頭はパニックになっていたが、これまでに感じた事のない強烈な快感に襲われ、それに身を任せていった。

サイスが目を覚ますと、そこはベッドの中だった。とっくに日は昇っている様だ。一瞬、昨夜の事は夢だったのではないかと思うが、全裸で寝かされていた事と、未だ体に残る下半身のうずきと快感が、決してそうではない事を証明していた。
「気付いたか」
声のした方を見ると、きちんとシャツを着てジーンズを履いたクラサメが、朝食の準備をしていた。
「水なら外の井戸から出る。飲む事も出来るから安心しろ」
ひんやりする井戸水で顔を洗い、朝食を終えると、サイスはクラサメの母親らしき人物の絵について、クラサメに訪ねてみた。
「これ、クラサメの母親なのか?」
「そうらしいな」
そう言うと、クラサメは絵に歩み寄り、壁から外す。そして裏側をサイスに見せた。そこには、鉛筆で「アサギへ。キリサメ・スサヤ」と書かれていた。
「アサギさんって言うんだ。キリサメって・・・父親は画家だったのか?」
「かもしれん。・・・お前には、両親の記憶はないのか?」
クラサメが問いかけてくる。
「父親は最初からいなかったし、母親はあたしを捨ててどこかに行っちまった」
「・・・そうか」

 

少しの沈黙の後、クラサメが戸棚から何かを取り出し、サイスに差し出す。
「よかったら受け取ってくれないか」
「これ・・・」
サイスが受け取ったものは、二枚貝だった。貝を開いたサイスは、思わず目を見張る。貝の中には、見事な真珠が入っていた。大きさは小粒だが淡いピンクがかっており、形も完璧なまでの球体だ。何より艶がもの凄い。特別宝石などに詳しくないサイスであるが、これがいかに上質の物であるかは容易に想像がついた。
「この辺りの海ではよく取れるんだが、これは特に物がいいな」
「もしかして・・・昨日はその為に海に?」
「まあ・・・な///」
「・・・ありがと///」
 それから二人は数日間をこの島で穏やかに過ごした。白虎に戻るとサイスは、クラサメからプレゼントされた真珠を指輪に加工してもらった。宝石店の主人は、その真珠を見るなり目を丸くしていた。あまりに質のよい物だったからであろう。ここまで上質な真珠は生まれて初めて見た、どこでこの様な物を手に入れたのかと興奮気味に問い詰めてくる主人を黙らせるのに、サイスはサイレスをかけようかと思った程だ。
 特に結婚指輪を作っていなかった為、これをその代わりにしようとサイスは考えていた。出来上がった品を左手の薬指に嵌めてみる。自分にこの様な上質な物が似合うのかという気もするが、それが似合う様な女性になれればいいと、心の内で密かに願った。

 それから三カ月後。サイスは、その日朝から体調が優れなかった。動き回る事は出来るし、別に病院に行く程でもない。しかし数回、吐き気の様なものがサイスを襲っていた。
(何なんだよ、一体…)
夕方になって少し吐いてしまい、サイスは領事館の医務室を訪れた。そこで告げられたのは、思いもよらぬ事だった。
「おめでとうございます。妊娠三カ月ですね」
にこやかに医師はそう告げる。サイスは思わず息を飲んだ。「妊娠」という文字が頭の中を駆け巡る。
(あたしが、に、妊娠…!?!?!?妊娠って、子供が生まれるのかよ!?!?!?)
妊娠と言えば、相手との子供を授かったという事。頭では分かっていても、自分が当事者となると、とっさに理解出来なかった。
「そ、その妊娠って、あ、あたしが!?!?!?い、いつ生まれるの!?!?!?」
「まあまあ落ち着いて。そうだ、クラサメさんを呼んで来ましょうか」
「ちょ、ちょっと待っ…!!!」
サイスが言い終わらぬうちに、何やらウキウキした様子で医師は診察室を出て行ってしまった。
(妊娠だなんて…クラサメは何て思うだろ…。喜んでくれるのか?)

「どうしたんだ!?」
クラサメの声でハッと顔を上げる。
「医師から体調が優れない様だと聞いたが…何かあったのか」
「そ、そうじゃなくて、その…///」
自分を見つめて来る切れ長の目に、サイスは口ごもった。何と言ってよいのか分からず、一言だけ口にする。
「…出来た///」
「…出来た???」
「だから出来たんだよ!…その、子供…///」
クラサメも自分と同じ様に息を飲むのが分かる。

「…そうか」
しばらく沈黙が続いた後、クラサメが呟いた。
「…うん…///
」「・・・いい子が、生まれるといいな」
「喜んでくれる?」
「まあ・・・正直言って、まだ実感はないがな」
「男の子と女の子、どっちかな・・・」
「どちらでもいいさ。親が決められる事でもあるまい」

 

その日から、サイスの腹部は次第に大きくなっていった。クラサメはその様子を、少し離れた距離から傍観している様であった。お腹の子供の事を特に話題に出すという事もないし、名前を考えている素振りも見せない。サイスが腹部を触って欲しいと言えば撫でてくれるし、声を掛けて欲しいと言えば一言二言話しかけてくれる。体調が悪い日には大抵休みを取って心配してくれるし、頼めば定期検診にも付き添ってくれるのだが、決して積極的にサイスの腹部には触ろうとしなかった。
 数ヵ月すると、サイスの腹部は、とても一人の赤ん坊が入っていると思えない程に大きく膨らんでいた。
「双子かもしれませんね」
「へ!?」
医師の診断に、サイスは驚いた。その様な可能性を微塵も考えていなかったからだ。クラサメにその話をすると、同じく驚いた様だったが、そうか・・・と一言呟いただけだった。

 予定日の前日、サイスは部屋に居た所を陣痛に襲われ、病室に運ばれた。次第に間隔が短くなってくる陣痛に苦しんでいると、誰かが病室に入って来て、手を握ってくれた。サイスには顔を見上げる余裕はなかったが、その手がクラサメのものだと分かる。手を強く握り締めると、そのままひたすら産まれて来るのを待っていた。

 どれくらい陣痛に耐えていたか分からないが、ようやく病室に赤ん坊の泣き声が響き渡った。サイスはどっと体の力が抜けるのを感じた。看護婦が、生まれたての双子の赤ん坊を抱かせてくれる。
「男の子と女の子ですよ!珍しいですね〜。この病院では初めてですよ!」
なんと、双子は同性ではなく異性だった。サイスの胸元に乗せられた二人の赤ん坊は、まだ産まれて数分なのにも関わらず、母乳を求めて乳首に吸い付いてくる。出産の疲れを感じる暇もなく、サイスは味わった事のない感動に包まれていた。

「よく頑張ったな」
クラサメが頭を撫でてくれる。
「会議・・・大丈夫だったのかよ?」
「構わんさ」
クラサメは今日、重要な会議があると言っていた。サイスは、仕事があるなら仕方ないと立会いは無理に希望しなかったのだが、恐らく、会議を抜け出して来てくれたのだろう。無性に嬉しくて、クラサメの手を握って頬にすり寄せた。ふとその手を見ると、爪が食い込んだ痕がくっきり赤くなって残っている。余程強く爪を立ててしまっていたに違いない。
「・・・ごめん」
「気にするな」
そう言ってクラサメは目を細めた。
「ねえ、名前・・・どうする?」
「名前か・・・」
サイスは、乳首に吸い付いて懸命に母乳を吸う息子と娘を見つめていた。男の子の方は、サイス似の銀色の髪を持ち、顔は今の所はクラサメ似だろうか。女の子の方は、クラサメと同じ紺色の髪で、顔立ちはサイスに似ている気がする。
「女の子の方はあたしが名前付けるからさ、男の子の方はクラサメが名付けてよ」
「俺が?」
「男の子なら、父親が付けてあげた方がいいだろ」
「・・・分かった」
そこでクラサメは、また後で来るから、と一旦病室を後にした。サイスは、双子が一旦新生児室に連れて行かれると、そこでようやく体の疲れを感じ、深い眠りに落ちた。

 それから一週間後、サイスは退院した。双子を連れて帰り、クラサメに頼んで用意して貰っていたベビーベッドに寝かせると、急に部屋が狭くなった様な気がした。サイスは女の子の方を「エクレア」と名付けようと決めていたが、クラサメはまだ決め兼ねているのか、子供の名前の話題を出そうとはしなかった。
 ある休日の事。サイスが双子に授乳している傍で、クラサメは読書をしていた。
「ねえ、どうしたの」
「・・・何が」
「だって、全然可愛がってくれないから」
「・・・別に、そんな事はない」
クラサメは、双子が生まれてから一度も抱いていなかった。サイスが入院していた時も、毎日病室には来てくれ彼女の事をいたわってはくれていたが、赤ん坊の事は眼中に入れない様にしている風にサイスには感じられていた。
「お前は・・・強いな」
「・・・へ?」
ボソッと、クラサメが呟く。
「今でも・・・子供を目の前にどうしてよいのか分からない」
「そんなの慣れていくもんだと思うけど?」
「・・・」
「父親になる自信がないってか?クラサメらしくないじゃん」
「そう言う訳ではないが・・・。母は強し、だな」
そう言うとクラサメはサイスに歩み寄り、双子の頭を撫でる。
「・・・「ヒサメ」はどうだろう」
「ヒサメか・・・いいんじゃない?」
「たった今、頭に浮かんだ」
「直感なんて珍しいね」
「子供への最初の贈り物が、直感というのもアレかもしれんがな」
「いいと思うよ、この子に合ってる気がする」
こうして、氷剣の死神と朱の魔人の血を引いた男女の双子は、ヒサメとエクレアと名付けられる事となった。

それから月日は流れ、双子は3歳になっていた。特にヒサメはクラサメにそっくりになっており、クラサメは「自分に似ても何もよい事はない」と言うが、内心は嬉しく感じているのにサイスは気づいている。
 クラサメは相変わらず、普段は積極的に子供達と関わろうとはしないものの、二人が遊びをねだれば応じてやっていた。ヒサメとチャンバラごっこをしてやったり、エクレアが面白がって髪留めやヘアピンを使って父親の髪で遊んでも、されるがままになってやっている。ヒサメがトンベリに無理やり首輪を付けて縄で引っ張ろうとしたり、エクレアがトンベリの尻尾をつかんで振り回そうとした時には、さすがに叱ってはいたが。
子供が遊び盛りになって、領事館の宿舎にあるサイスとクラサメの部屋は賑やかになっていたが、もう一つ大きな変化があった。トンベリにお嫁さんが出来たのだ。
 クラサメが外交の任務でカリヤ院長らと共に蒼龍を訪れた時の事。その日は霧が深く、アミターの町にトンベリ達が訪れていたのだが、その中にいた一匹のメスのトンベリと、クラサメのトンベリが恋に落ちたらしい。半年後には、十匹の愛らしいチビトンベリ達が生まれていた。

 そんな中、サイスがクラサメと共に白虎の地に赴いてから既に5年の月日が流れていたのだが、ついに朱雀に戻る日がやって来た。
 カリヤ院長が軍令部長であったスズヒサ・ヒガトを解任し、その後継者にクラサメを任命したのだ。他国との関係性も安定してきた中で、これまでの他国への攻撃を目的とした軍ではなく、自国の自衛を目的とした新たな自衛組織を編成し直そうという動きがようやく起こったのだ。クラサメは33歳になっていたが、その年齢での八席議会への抜擢は史上最年少である。比較的高齢の者で大半を占められていた八席議会に、新たな若い風を吹き込もうとする試みもそこにはあった。

 軍令部長に就任したクラサメは、軍部を魔導院から撤退させ、新たな自衛組織の施設を設立した。
「いざと言う時でも、候補生に頼らない戦力を養成したいものだな。大人のツケを候補生達に払わせるのは間違っている」
そう言ってクラサメは、白虎に技術協力を依頼し、魔法に頼らない戦力の養成にも力を入れ始めたらしい。
 ヒサメとエクレアは、優秀な候補生であった両親の血を引いているという事から、3歳にして早くも候補生への道を期待されていた。特にヒサメは、クラサメに抱かれてカリヤ院長の元を訪れた際、傍に居合わせたスズヒサに向かっていきなりブリザドを発し、クラサメを始め、その場にいた皆を仰天させた。そのブリザドはスズヒサの頭を直撃し、カリヤ院長がスズヒサの事はそっちのけでヒサメの将来への期待に胸をときめかせている一方で、頭部が凍傷になって残り僅かな髪まで失ってしまった哀れな元軍令部長に、クラサメはマスクの下で笑いを堪えながらも平謝りする事態になったのだが。最も、魔法を放った本人に魔法を使ったという意識は全くないらしい。面白がって無闇に魔法を放とうとするまだ幼いヒサメに、魔法の制御の方法を教え込むのにサイスとクラサメは日々苦労させられる羽目となっていた。

 

最後に、朱雀のクラサメの自宅には、人に懐いているトンベリが大勢いると物珍しがった見物客がしばらく後を絶たなかったらしいが、それはまた別のお話。

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後書き

自分の頭の中の妄想を文字で表すって、とても難しいですね。
 サイスは、「もし・・・」での乙女の部分に、本編での執着心の強さを入れてみたつもりなのですが・・・上手く表現できませんでした・・・(汗)クラサメも、ミワの事を忘れられないでグダグダ悩むヘタレになりかけたり厨二病からのロマンチストになりかけたりして、だいぶ修正したのですが(汗)「もし・・・」で皆色々とキャラ崩壊してるからいいじゃないか!と開き直ってます(汗)
 他にも、お見苦しい箇所がただあったかと思いますが、ご容赦下さい・・・。人称や視点を気を付けなければならなかったりと、文章はホント難しいです・・・。

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